top of page
ジョイチャペル JOY CHAPEL
あとの者が先になり、先の者があとになる
2026,6,14 ルカの福音書13章25-30節 先週は素晴らしい「開所20周年の感謝」の時を持つことができました。今日から、21年目に入ります。 改めて、この教会はどんな教会としてスタートしたのかを確認したいと思います。 ジョイチャペルは「礼拝を最も大切にし、聖書信仰に立つ、新しい皮袋の教会」です。 しかし、主の宣教命令を頂いている「宣教教会」でもある、ということも忘れずに21年目を歩み出したいと思います。 今日の聖書箇所を見ていきましょう。ルカ13章30節に いいですか、今しんがりの者があとで先頭になり、いま先頭の者がしんがりになるのです。 とあります。この最後の言葉はどういう意味なのでしょう? イエスさまはいったい、何を言いたかったのでしょう? 今日読んだ、ルカ13:25~29までには何が書いてあるのかを見ていきましょう。 家の主人が戸を閉めてからどんなに願っても、戸をたたいても開けてもらえない。外の者が、今まで親しくしていたでしょうと言っても、家の中の主人は、「あなた方のことなど知らない」と言い放つのです。

木村勉(ジョイチャペル牧師)
2 日前読了時間: 6分
信じる者に与えられる『神の義』
2026.6.7 20周年感謝礼拝 ローマ人への手紙3章21-26節 今日ここに、ジョイチャペル開所20周年感謝礼拝を迎えることができ、心から感謝します。 20年前、この地、この場所で正式にジョイチャペルが教会としてスタートしました。 その前4年間はわが家で、家の教会としてのジョイチャペルがはじめられていました。 早く会堂をと願って、いろいろと物件をみんなで探しましたが、なかなかふさわしい所が見つかりませんでした。 そのような時期に、特に探していたというわけでもなく、自転車に乗ってこの通りを通っていた妻が、不思議なように、この建物に壁に掲げられていた 「住居付き貸店舗」の看板 に目をとめたのです。それが2006年3月後半のことでした。 そこから話を進めて行き、会堂として借りることになりました。とにかく何もない所からのスタートでしたので、まずは、内装をそれなりにリフォームしていただき、教会として必要なものを一から用意をしていきました。パイプいす、講壇、ピアノ、電動イス、スリッパ、下駄箱等々、2階には、愛

木村勉(ジョイチャペル牧師)
6月7日読了時間: 6分
好意を持たれていた
2026,5,31 使徒の働き2章40~47節 先週はペンテコステ礼拝で、使徒の働き2章の14~21節を学びました。使徒たちに聖霊が注がれ、ペテロが群衆に向かって語り出した初めの部分でした。 今日は、そのペテロの大説教が終わったところからの内容です。まず40節、 ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、 「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。 「曲がった時代から救われなさい」と締めくくるのです。 「曲がった時代」とは何を意味しているのでしょう。新共同訳の聖書には「邪悪なこの時代」とあります。 また「救われなさい」は欄外には別訳「のがれなさい」とあります。イエス・キリストを拒み、十字架にかけたこの世! そんな邪悪な所にとどまっていないで、神の側に逃げてきなさい、と語ったのです。 そして、なんとペテロのこの説教によって3000人がバプテスマを受け、弟子に加えられたのです。 42-47節には、初代教会の姿が記されています。42節から見ていきましょう。 そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守

木村勉(ジョイチャペル牧師)
5月31日読了時間: 7分
わたしの霊をすべての人に
2026.5.24ペンテコステ 使徒の働き2章14-21節 キリスト教会には、3つの大きなお祝いの日があります。 第一はクリスマス、第二はイースター、そして第三が今日のペンテコステです。聖霊降臨日、また教会の誕生日でもあるのがこのペンテコステなのです。 歴史的には、聖書の「使徒の働き」2章にその時の様子が詳しく書かれています。 そこには、その日に舌のような、炎のようなものが分かれて、弟子たち一人一人の上に下って、聖霊に満たされて、いろいろな他国の言葉で語り出したとあります。もう本当に驚くべき奇跡が起こったのです。 それを見ていた多くの人が驚き惑い、またあざけって、酒に酔っているんじゃないか、と言う人も出てくるのです。その時、そうではないのです! とペテロが立ち上がって、声を張り上げて語り出した、と言うのが今日の聖書箇所の内容です。使徒の働き2章16-17節 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を

木村勉(ジョイチャペル牧師)
5月24日読了時間: 6分
努力して狭い門から
2026,5,17 ルカの福音書13章22-24節 今日見ていく聖書の箇所は、一般的にもよく使われている「狭き門」と言う言葉をイエスさまが語られたところです。まずは、ルカ13章22節から見ていきましょう。 イエスは、町々村々を次々に教えながら通り、エルサレムへの旅を続けられた。 特別なことが書かれているように感じませんが、注目すべきは「エルサレムへの旅を続けられた」とある部分です。別に旅行を楽しんでいたわけではないのです。 エルサレムへの旅の目的は、私たち罪人を救うために、十字架にかかって死ぬため。また、ご自分が神の子、救い主であることを示すために復活するためなのです。 その旅の途中で、ある人がイエスさまに質問をします。23節 すると、「主よ。救われる者は少ないのですか」という人があった。 この人は、いつもイエスさまの周りにいて、イエスさまのお話をよく聞いていた人だったのでしょう。そして、よく聞いていたからこそ、「救われる者は少ないのですか」と質問したのだと思います。 その質問に対してイエスさまは直接

木村勉(ジョイチャペル牧師)
5月17日読了時間: 7分
小さなこと、小さな働きこそ
2026.5.10 ルカの福音書13章18-21節 今日は「母の日」お母さんに心からの感謝を伝えたい! 「お母さん、いつもありがとう!」なにしろ、お母さんがいなかったら生まれてなかったわけですから。 すでに地上にはいらっしゃらないお母さんもおられるでしょうが、お母さんを与えてくださった神様に心からの感謝をおささげいたしましょう。 18-19節 そこで、イエスはこう言われた。「神の国は、何に似ているでしょう。何に比べたらよいでしょう。 それは、からし種のようなものです。それを取って庭に蒔いたところ、生長して木になり、空の鳥が枝に巣を作りました。」 からし種についてマタイ13:32で「どんな種よりも小さい」とあります。 私たちは、本当に小さい者、弱い者、力のない者、かも知れませんが、神様は「あえて」そういう者たちを選ばれたのです。 それは、決して自らを頼りにしないで、ただ主にのみ頼り、神様に栄光を帰すようにという、神さまのご計画なのです。 ...

木村勉(ジョイチャペル牧師)
5月10日読了時間: 7分
わたしについて来なさい
2026.5.3 マルコの福音書1章14~20節 イエスさまは、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受けられて、その後、御霊によって荒野に導かれ、40日間サタンの誘惑を受けられました。 マルコ福音書にはありませんが、マタイ福音書ではサタンの誘惑を、み言葉によって退け、サタンはイエスさまから離れていった、とあります。 今日の聖書箇所は、その後、イエスさまの伝道活動のはじまりが記されています。14節 ヨハネが捕らえられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べて言われた。 「ヨハネが捕えられて後、・・・」 ルカ3:18~20には、ヨハネが国主ヘロデの不品行を責めたがゆえに牢に入れられてしまう、とあります。 ヨハネは力強く、大胆に、人々の罪を指摘し、悔い改めを迫りましたが、それは、国主ヘロデも例外ではなかったのです。 しかし、ヘロデの不興を買い、捕えられ、やがてヨハネは首をはねられ、彼の大胆にして、力強い宣教は終わってしまいました。 ところが、ヨハネの宣教の叫びをイエスさまが引き継ぐことになるのです。 マタイ3

木村勉(ジョイチャペル牧師)
5月3日読了時間: 6分
成熟をめざして
2026.4.26 へブル人への手紙5章11-14節 新年度になってひと月になろうとしています。新入学のピカピカの1年生もやっと学校に慣れてきた頃でしょうか。親の心配をよそに元気に登校する子。反対にいつまでも親から離れられない子。親はどんな子であっても、子の成長を願うものでしょう。 同じように、神様も、神の子どもたちの成長を願っておられるのです。 今日の聖書箇所は、神の子どもとして、どういう歩みをしたら成長していけるのかを考えさせられる内容です。 へブル人への手紙5章11節から見ていきましょう。 この方について、私たちは話すべきことをたくさん持っていますが、あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です。 「この方」キリストについてたくさんのことを話したいが、「あなたがたの耳が鈍くなっている」霊の耳がよく聞こえなくなっているので、難しいというのです。「鈍くなっている」の元々の意味は、「怠けている」なので、聞こうとしていないのです。 熱心にキリストの姿に変えられることを願っていない。主の御心にかなった歩み

木村勉(ジョイチャペル牧師)
4月26日読了時間: 6分
常識を超える神のあわれみ
2026.4.19 ルカの福音書13章10-17節 今日の聖書箇所はイエスさまが、安息日に18年間も病の中にいた女性をいやされた、というのがまず記されています。10~13節 イエスは安息日に、ある会堂で教えておられた。 すると、そこに十八年も病の霊につかれ、腰が曲がって、全然伸ばすことのできない女がいた。 イエスは、その女を見て、呼び寄せ、「あなたの病気はいやされました。」と言って、 手を置かれると、女はたちどころに腰が伸びて、神をあがめた。 イエスさまが安息日になされた奇跡の一つです。 病の霊につかれて 腰が曲がっていた、とあります。18年も腰が曲がっていました。この女性にとって、これは辛い毎日であり、悲惨な状態での生活だったことでしょう。イエスさまは、この女性を(あわれみの目で)「見て、呼び寄せ」、病をおいやしになりました。 16 節で、「十八年もの間 サタンが縛っていた 」とイエスさまは言われました。ですから、これは単に病による苦しみ以上の、霊的な抑圧であることが分かります。 神が、エバを惑わしたサタンである蛇に対し

木村勉(ジョイチャペル牧師)
4月19日読了時間: 7分
もう一年、もう一年の愛の神
2026.4.12 ルカの福音書13章6-9節 イエスさまは、よくたとえを用いてお語りになりました。 みなさんは、イエスさまのどんなたとえ話が思い浮かびますか? ルカ15章には、「100匹のうちの迷子の1匹」「10枚の銀貨のうちのなくした1枚」「放蕩息子」と3つのたとえ話が続きます。 ほとんどのたとえ話は、イエスさまがその直前に教えられた大切なことを受けて、それを当時の人たちや弟子たちの理解を助け、「そういう事なのか」と受け止められるために語られたのです。たとえば、ルカ15章では、イエスさまが罪人たちと一緒に食事をしていることへの批判に対して語ったものでした。ルカ10章の「良きサマリヤ人たとえ」の時は、律法学者が「私の隣人とはだれのことですか」に対して、また18章の「パリサイ人と取税人の祈りのたとえ」は自分を義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対して語られたわけです。 今日のたとえの直前は「悔改めねば、滅びる」との宣言の後に語られたものでした。 「最後の執り成し 」「実を結ばない者さえあきらめない主」と題しても良い内容の

木村勉(ジョイチャペル牧師)
4月12日読了時間: 6分
動かされていた石
2026.4.5イースター マルコの福音書16章1~8節 イースターおめでとうございます。声を大にして「主イエスは死からよみがえりました」と世界中に叫びたい、そう思います。まさに、歴史が変わる大きな、大きな出来事、 それがイースターです。 世界の歴史が変わるほどの大事件なのですが、この出来事を、ただ単にキリスト教のお祭り、あるいは、2000年前にそういうことが起こったという、言い伝えだと言って終わってしまったら、何の意味もありません。 私たちにとってのイースターはどういう意味があるのかを、しっかりと受け止めなければなりません。 死者がよみがえる。ありえないことでしょう。でも、神にはそれができる! と信じることがキリスト信仰、聖書信仰なのです。 死んでいた者が生きる者へと変えられる。聖書は、私たちひとりひとりにイースター、復活祭が必要なのだと教えるのです。 どうことでしょう? エペソ人への手紙2章1節には、 「あなたがたは自分の罪過と罪の中に死んでいた者」 とあるのです。 同じエペソの2:4~6には 「しかし、あわれみ豊

木村勉(ジョイチャペル牧師)
4月5日読了時間: 7分
全地が暗くなった
2026.3.29 マタイの福音書27章45-54節 今週は、イエスさまが十字架にかけられて苦しみの後に死なれた、受難週を迎えました。 私たちは、このイエスさまの十字架と受難を心に留める一週間を過ごしたいと思います。 「ノー レイン、ノー レインボー」と言う言葉があります。雨降りは嫌だと思う時があるかもしれません。でも雨が降るからあの美しい虹が見られる、と言う意味です。 もう一つ、「ノークロス、ノークラウン」と言う言葉があります。キリストの栄光、キリストの復活、その前には苦しみがあります。受難があります。主の十字架があったから、復活があり、私たちにも復活の希望が与えられたのです! 教会のシンボルは十字架です。十字架は十字架そのものがメッセージであり、十字架は私たちに語ります。十字架が私たちに何を語っているか、この受難週はそれに耳を傾けて欲しいと思います。 イエスさまは十字架上で7つの言葉を語られました。これは7つですから7日間。今日から始めれば土曜日まですることができる、黙想の内容です。今週、十字架上でイエスさまが私

木村勉(ジョイチャペル牧師)
3月29日読了時間: 7分
お願いします
2026.3.22 ヘブル人への手紙5章1~10節 ヘブル人への手紙は、その名の通りへブル人=ユダヤ人に向けて書かれた手紙です。 ユダヤ人は、旧約聖書を、特にそこに書かれている律法を守ることが、神に喜ばれる、受け入れられる信仰の在り方だと考えていました! そういうユダヤ人に対して、旧約聖書全体が、実は真の救い主キリストを指し示しているのだ、と語るのです。 イエスキリストは、ユダヤ人の宗教的指導者であり、尊敬されている大祭司にまさる、偉大な大祭司である、とへブル書の記者は語るのです。 この大祭司であるキリストは、どのような祈りをされたのでしょうか? 7節 キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。 とあります。 イエスさまは人としてこの世で生活なさっていた時、よく祈っておられました。 ルカ5:16 しかし、イエスご自身は、よく荒野に退いて祈っておられた。 それは、父である神との交わりの

木村勉(ジョイチャペル牧師)
3月22日読了時間: 7分
コペルニクス的転回
2026,3,15 ルカの福音書13章1-5節 今、私たちは「会堂購入」という大きな働きのために、ひとり一人が祈り、神様に示されたものをおささげしています。 このことについて、私からみなさんに2つのお願いがあります。 一つ目は、「私は、ほかの人のように献金は出来ない。申し訳ない。」と、思わないで頂きたい!それぞれの方が置かれている状況はみんな違います。神様はご存じですから、「神は喜んで与える(ささげる)人を愛してくださいます」とⅡコリント9:7にありますから。 もう一つは、全員がささげて頂きたい、ということ! 今、言ったように、額ではなく、喜んでささげてください。誰一人「私はどうなるか、見ています」「私は、そういうつもりで教会に来ているわけではないので」などと言わないで、教会に来られている方で部外者は一人もいません。 神様が、こういう時に、この教会に来させてくださったのです。傍観者にならないで、神が導かれた、この大きな働きの中に加わってください。 そして、一緒に、神の御業の「目撃者」になって頂きたいのです! ...

木村勉(ジョイチャペル牧師)
3月15日読了時間: 8分
恵みの御座に近づこう
2026.3.8 ヘブル人への手紙4章14-16節 今日の聖書箇所も、3節と短い所です。まず14節から。 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。 イエスキリストが、どうして、偉大な大祭司と言われるのでしょうか。 15節を見ると 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。 とあり、私たちの弱さに同情できるお方だからだ と言うのです。キリストは、私たちと同じ人間となって来られ、私たちが経験するありとあらゆる、悲しみや苦しみや痛みや、そういったものを経験されたお方、味わわれたお方です。 イエスさまは、空腹を、貧しさを、疲れを、そして、悲しみ、裏切られることの痛み、人から誤解されることの寂しさを経験されました。 イエスさまは、人々を愛し、一緒に笑い、時には涙を流されました。また、嘆かれ、怒り、憤り、さらに孤独、失望も知っておられました。 私たちが激しい痛みや苦しみの中にある時、人の慰めとか、

木村勉(ジョイチャペル牧師)
3月8日読了時間: 7分
今の時代を見分ける
2026,3,1 ルカの福音書12章54-59節 今日の聖書箇所は、イエスさまがまず、天気の話から始めるのです。54節。 群衆にもこう言われた。「あなたがたは、西に雲が起こるのを見るとすぐに、『にわか雨が来るぞ。』と言い、事実そのとおりになります。また南風が吹きだすと、『暑い日になるぞ。』と言い、事実そのとおりになります。」 2千年前も、現在も、人間は、今日の天気はどうなのか、明日の天気は、この先の天候は、というように気象に関しては大きな関心を払います。みなさんも、いろいろな形で天気についての情報を得ていると思います。TVやネットの天気予報、気象情報など。少なくても、一日に複数回は見ているのではないでしょうか。今は、いろいろな技術を使って、正確な予報が出されています。しかし、そういったものがなかった時代にも、人々は、天気を予測する術を持っていました。 イエスさまの時代のイスラエルでも、人々は自分たちの経験から、天気を予測することができたのです。ですからイエスさまも「あなたがたは、西に雲が起こると『にわか雨が来るぞ。』と言い、

木村勉(ジョイチャペル牧師)
3月1日読了時間: 7分
神のことばは生きている
2026.2.22 ヘブル人への手紙4章12~13節 冬季オリンピックも今日で閉幕ですね。日本選手がこれまで以上に活躍した感動的な場面がいくつもありましたが、みなさんは、どんな競技に関心をもってご覧になったでしょうか? スノーボードのハーフパイプ、すごかったですね! よくあんなに高く飛び上がって、縦横に何度もくるくる回って着地できるのか!それも1回だけでなく、何回も連続して! 相当練習しなければできないでしょう。 オリンピックに出る選手たち、特にメダルを争う選手たちは、おそらく、毎日練習を積み重ねているのでは、と思います。もう生活の一部になっているのでしょうね。そういう生活、練習を続けていく目的は、メダルを、できれば金メダルという栄冠を勝ち取ることなのでしょう。 聖書の中にも、「栄冠を得るために」と語っている人物がいるのをご存じでしょうか? どこにそんなことが書いてあるのでしょう。 ピリピ人への手紙3章14節 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。 ...

木村勉(ジョイチャペル牧師)
2月22日読了時間: 7分
聖霊の火を投げ込む主
2026,2,15 ルカの福音書12章49-53節 私たちが何かするときには、必ずと言っていいほどそれをする目的があります。 買い物をするために、スーパーに行きます。 今日、みなさんが教会に来られたのは、礼拝をささげるためです。 もし、みなさんが誰かに「イエス・キリストは、なぜこの地上に来たのですか?」と聞かれたら、何と答えるでしょうか? 「イエス・キリストは、私たち罪人のために、十字架に架かって、その罪を赦し、私たちを永遠の滅び=地獄行きの人生から、永遠のいのちを与え、天国へ導いてくださるために来てくださったのです!」 これが満点の模範解答でしょう! 「イエスさまは、私たちを救うために来てくださったのです。」 これだけでもOKです! そこから話がつながっていくでしょう。 イエスさまも、ご自分でこの地上に来られた目的を語っておられます。ルカの福音書5章31節 「罪人を招いて悔い改めさせるため」 また、ルカ19:10には 「失われた人を捜し出して救うため」 これらは私たちが理解してい

木村勉(ジョイチャペル牧師)
2月15日読了時間: 7分
主人の心を知るしもべ
2026,2,8 ルカの福音書12章41-48節 今年の初めに教会として、ローマ人への手紙12章1節が与えられました。 「あなたがたのからだを、神に受け入れられる,聖い、生きた供え物としてささげなさい。」 もう2月になってしまいましたが、ぜひ、この御言葉を暗唱してください。最低1日に1回は、口ずさんでください。 そして、私にとって、この御言葉はどんな意味があるのだろうか? 私に何を語りかけているのだろうか? どう受け取って、どんな態度で過ごしたらいいのだろうか? と、み言葉に向き合って、み言葉に深く思いを至らせてください。すると、そこから新たな悟りが与えられ、示されたことに従っていったら、今まで経験したことのない、さらに祝福された歩みへと導かれていきます。 神様は、私たちを愛するがゆえに、ひとり子イエスさまをこの地上にお遣わしになり、私たちの罪を赦し、救ってくださり、聖め、神の子とし、永遠のいのちの希望を与えてくださいました。 そして、なんとエペソ人への手紙1章4-5節には 神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあ

木村勉(ジョイチャペル牧師)
2月8日読了時間: 7分
神の安息に入る
2026.2.1 ヘブル人への手紙4章1~11節 今日の聖書箇所の中心テーマは,「安息」「神の安息」です。 安息を辞書で調べると「心身を安らかにし、静かに休むこと。」とありました。この辞書の安息の意味を知った時、私の安息のイメージが浮かんできました。 私にとってのごく身近な例あげると、毎日、我が家の風呂に浸かって、ゆったりするわけですが、さらに大きな浴槽で、体を伸び伸びと広げられることは、小さな安息の時間なのです。ですから、そういう時間を求めて1年に数回、スーパー銭湯に行くわけです。 でも、私のこの安息の時は、行った時だけのほんの2~3時間だけですが、今日、お語りするのは、そんな一時的なものではない、「神の安息」なのです。 今日の箇所では、この安息と言うことばが、いろいろな形、意味合いで使われています。 そのひとつは、エジプトで数百年間奴隷状態であったイスラエルの民が、神の力によって脱出をし、モーセに率いられて、荒野を40年の間さまよった挙句に、いよいよ約束の地に入る、この約束の地に入ることを、安息の地に入

木村勉(ジョイチャペル牧師)
2月1日読了時間: 7分
bottom of page