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あなたはわたしの友だ

2025,10,12 ルカの福音書12章4-7節 

 

 今日も短い箇所からですが、イエスさまがお語りになったことを、ご一緒に受け止めさせていただきたいと思います。まず、4節前半、

 

そこで、わたしの友である、あなたがたに言います。

 

今日まず見たいのは、イエスさまが弟子たちに対して、そして、私たちに対して「わたしの友である、あなたがた」と呼びかけておられることです。 

マタイ、マルコ、ルカの福音書の中で、弟子を友と呼んでいる箇所はここしかありません。あとは、ヨハネ15章15でイエスさまが語っておられます。

 

わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。

 

主は私たちを友と呼んでくださる。友というのは、自分の側に立つ者です。言ってみれば、自分の味方、それが友ですね。私たちは主のしもべであり、神の子とさせて頂いた者であり、また、主の弟子であり、いろいろな関係にあります。が、なんと私たちを、主は友と呼んでくださるのです。

 友! いい響きですね。親しい友と書いて親友、何でも話せる間柄、親兄弟、あるいは夫婦の間でも話せないことでも話せる、聞いてくれる、受け止めてくれる、時には言いにくいことも言ってくれる。心を許せる関係とでもいえるでしょうか。そんな友がいてくれると、ありがたいなあ、嬉しいな、こういう友がいて良かったなあ、と思うでしょう。 

 みなさんも学生時代の友、職場で深い絆で結ばれた友などがいるのではないでしょうか。

・・・残念ながら、自分にはそんな友はいないと思っている方、心配ありません。今、読んだみ言葉のように、イエスさまがあなたを、私を「わたしの友である」と言ってくださり、イエスさまが友となってくださる! 親しい、本当に何でも話し合える、そういう親しい関係を持ってくださる、というのです!

 考えてもみてください。神ご自身が私のような者の友となってくださるのです。友同士なので、同等に何でも語り、うち明け、相談に乗ってもらい、助けて頂くことができるのです。

 そして、友との最高の関係は、この友のためなら命さえも投げ出せる、という間柄ではないでしょうか。 これは、言葉では言えるかもしれませんが、いざとなったら・・・・、どうでしょう?

ヨハネ15:13でイエスさまはこう言われました。

 

 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

 

このような愛を、一体だれが実践できるのでしょうか。

 しかし、本当の友となってくださったイエスさまは、友である私たちのために、私たちを愛するがゆえに、ご自分の命を捨てて下さったのです。 私たちは、神のひとり子に、ご自分の命を捨ててまで救って頂くような価値ある者ではありません。 にもかかわらず、この13節で語っておられるように、大きな愛をもって、「わたしの友である」と言ってくださって、私たち罪ある者のために、十字架の死をもって、永遠の刑罰から救ってくださり、神と共に生きる、永遠の命を与えてくださったのです! 聖歌519番の歌詞そのものです。

 

世には良き友も  数あれど キリストにまさる  良き友はなし 

罪人のかしら われさえも 友 とよびたもう  愛の深さよ

ああ わがため  いのちをも 捨てましし  友は 主なる君のみ

 

 次に、イエスさまは、私たちが恐れる必要のないものと、本当に恐れなければならない方を教えられています。 4節後半から5節

 

からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。

恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。

 

キリストが友である者、キリストの救いの中に置かれている者、その者はからだを殺しても、あとは何もできない者―人間―を恐れるな。本当に恐れなければならない方を、教えてあげよう、とイエスさまは言われるのです。

「殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。」と。

地上での命がすべてであれば、命を奪われる、殺されることが一番怖い。しかし、へブル人への手紙9:27に

 

人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている

 

とあるように、死んだら終わりではない! 死後、永遠を決定する裁きがあり、その裁きができるのは、神様だけだと聖書は語るのです。

 5節に「ゲヘナに投げ込む権威」とありましたが、ゲヘナとは火と硫黄の池とか呼ばれており、永遠に苦しむところとあり、ほかの聖書では殆どが、「地獄」と訳しています。神以外、誰もこの権威は持っていない! すべての者がこの権威に服するほかないのです。だから、イエスさまは「そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。」と語るのです。

 しかし、神を恐れない者は、神以外のすべてのものを恐れます。人を恐れます。自分自身を恐れます。だから人の前に自分をよく見せよう、人から良く思われようと、絶えず人を気にしているのです。そうするあまり、真に恐るべきものを忘れてしまうのです。

 神を真に恐るべき方としている者は、決して人を恐れません。人なんか問題じゃないんです。この私が地獄に投げ込まれてしまう罪の問題は、人との関係じゃないからです。 神さまとの関係なのです。そして、この罪を、罪人を罰せずにはいられない神様は、私がイエス・キリストの十字架の贖いの御業を信じ、受け入れているので、私の罪をすでに赦してくださっているのです。

 神様は、キリストの十字架によって罪赦された者には、友であると言ってくださり、味方となってくださる方。そうであれば、もう恐ろしい方ではなく、愛と恵みに満ちた優しいお方なのです。

 恐ろしいことがあるとすれば、この神さまから離れること。これほど恐ろしいことはないのです。

  6-7節を見て話しを閉じます。

 

五羽の雀は2アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の一羽でも、神の御前には忘れられていません。

それどころか、あなたがたの髪の毛さえも、みな数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。

 

五羽の雀、これは当時、市場で貧しい食料として売られていた物でしょう。5羽で2アサリオン、1羽では値が付かないほどのもの、というくらい粗末な食糧だったのです。 神様は、こんな粗末なものにさえ、心にかけていてくださる。マタイ福音書には、「父のお許しなしには地に落ちることはない」とあります。 

 また、「それどころか、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています」とあります。自分の髪の毛の数を数えた人、いるのでしょうか。

 最近、髪の毛が薄くなってきたから、気を付けてケアをしっかり、などと教えるためにこんなことを言っているのではありません。あなたのことをよく見ていますよ、あなたに関心をもって見ています、あなたのことは何でも知っていますよ。決して忘れることはありません。だから、心配しないで、大丈夫! と言っておられるのです。

 わたしはあなたの友なのだから、あなたの味方なのだから。ローマ人への手紙8:31

 

神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

 

とあります。なんにも恐れなくていいよ、と言ってくださっているのです。

 

最後に7節の最後

 

「あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。」

 

とあります。「すぐれた者」について、最も新しい訳の聖書では「価値がある」と訳しています。雀などとは比べものにならないほど価値ある存在なのだ、というのです。

「すぐれた者」の原語の意味は、別な者、全く違った者です。神様が、イエス・キリストをお遣しくださったのは、私たち人間のためであり、人間以外の一切の被造物のためではない! 私たち人間のために、尊いひとり子を神は十字架にかけて、私たちを罪からお救いくださったのです。 それは神が、私たちをほかのものから特別な者として見られているからなのです。それが、ここで言われている「すぐれた者」の意味なのです。

 このように私たちは神さまの特別な愛の中に置かれているのです。神の友なのです!

 神に特別愛されている者として、神の友と呼んで頂く者として、その名に恥じない歩みをさせて頂きましょう。 

 
 

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