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プロフィール

登録日: 2023年4月13日

記事 (141)

2026年10月24日 ∙ 7 分
死の向こう側
2026.10.25 ルカの福音書16章19~31節    イエスさまは、いつも身近なもの、身近な事をとり上げて話されるので、その話はとてもわかりやすいのです。今日の聖書箇所も、内容自体は理解しやすい話です。  今日は19節からですが、  ある金持ちがいた。 と話し始められるのですが、それまでの話と違うのは、次の20節  ところが、その門前にラザロという全身おできの貧しい人が・・ とあって、「ラザロ」と名前で呼ばれる人物が出てくるのです。  今日はここから、イエスさまが私たちに何を教えようとしておられるのかを見ていきたいと思います。まず19節  ある金持ちがいた。いつも紫色の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。 「金持ち」とありますが、この金持ちは大金持ち! 紫色の衣や細布を着て暮らすのは、大金持ちか高貴な人、そういう人の服装です。  着たいものがあれば何でも着ることができる、欲しいものは何でも手に入れることができる。食べたいものがあれば、何でも食べられる。したいことは思うようにできる。そういう毎日を過ごしていました。まさに、毎日ぜい...

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2026年10月10日 ∙ 7 分
キリストを求めて生きる
2026.10.18 ルカの福音書16章14~18節                      イエスさまは、これまで15章で3つ、16章に入って1つと、4つのたとえ話を連続して語られました。取税人、罪人たち、また弟子たちに対して語ったのですが、その場には、パリサイ人や律法学者もました。  前回の話では、不正な管理人の抜け目のなさをほめ、不正の富を用いて友を作りなさい、と語り、最後は、13節で  「あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」 と結論づけるのです。  ここまで聞いていたパリサイ人たちの反応が14節にあります。  さて、金の好きなパリサイ人たちが、一部始終を聞いて、イエスをあざ笑っていた。 ここで単にパリサイ人、と言わないで、「金の好きなパリサイ人たち」と書かれています。 「不正の富」「この世の富」について語ったすぐあとで、わざわざ聖書は「金の好きなパリサイ人たち」と記すのです。  この「金の好きな」という言葉は、訳の違う聖書でいろいろな言葉で表現されています。 口語訳、現代訳は「欲の深い」、文語訳「欲深き」、新共同...

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2026年10月10日 ∙ 6 分
小さな事にも忠実であれ
2026.10.11 ルカ16章1~13節                      前回まで見てきた、ルカ15章では、イエスさまの3つのたとえ話が語られました。イエスさまの話は、聞く者にとって、常に、とてもわかりやすい内容ばかりで、理解し、納得して受け入れられるものでした。  ところが、今日の箇所は、必ずしもそうと言えない内容なのです。話の筋自体は、難しくはないのですが、イエスさまがなぜこんな話をされたのか、しかも不正なことをした管理人の、抜け目のなさを主人がほめるという話。なぜ、そのような話をされたのか、とまどいを覚えます。 不正なことをする人間を戒めるならまだしも、イエスさまがそれをほめるということは、どういうことなのだろうかと、だれもが思うのではないでしょうか。  ですから、この箇所は難しい、難解な箇所といわれ、何回読んでも、よく理解できない所だ、と思われているのです。  イエスさまがこの不正な管理人の話をされたのは、放蕩息子の話をされたすぐあとでした。15章での3つのたとえ話は、取税人、罪人、またパリサイ人、律法学者たちに対して語られましたが、この不正な管理人の話は、弟...

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木村勉(ジョイチャペル牧師)

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