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わたしの霊をすべての人に

更新日:2 日前

2026.5.24ペンテコステ 使徒の働き2章14-21節

 

 

 キリスト教会には、3つの大きなお祝いの日があります。

 第一はクリスマス、第二はイースター、そして第三が今日のペンテコステです。聖霊降臨日、また教会の誕生日でもあるのがこのペンテコステなのです。

 歴史的には、聖書の「使徒の働き」2章にその時の様子が詳しく書かれています。

 そこには、その日に舌のような、炎のようなものが分かれて、弟子たち一人一人の上に下って、聖霊に満たされて、いろいろな他国の言葉で語り出したとあります。もう本当に驚くべき奇跡が起こったのです。

 それを見ていた多くの人が驚き惑い、またあざけって、酒に酔っているんじゃないか、と言う人も出てくるのです。その時、そうではないのです! とペテロが立ち上がって、声を張り上げて語り出した、と言うのが今日の聖書箇所の内容です。使徒の働き2章16-17節 

 

 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。』 

 

つまり旧約聖書のヨエル書で預言されていることが成就したんだ、というのが17節に書かれていた内容なのです。 

 「終わりの日に」とありますが、これはそのまま特別な一日、ということでもあるのですが、もう一つは、いろいろな聖書を調べてみると、「終わりの時に」とか「終わりの時代に」、文語訳聖書では「末の世に至りて」とあり、ある聖書学者は、「終わりの日の到来の始まり」と説明しています。ですから「終りの時代」とも受け取れるわけです。

 

 終わりの時、終わりの時代とはどんな時なのか。3つのことをお話したいと思います  

 第1番 目、「今は終わりの時である」ということ。

 2000年前の使徒の働きの、初代教会の時から「もう終わりの時なんだ!」と語られたのであれば、特に21世紀の今、私たちは終わりの時代の中の、さらに終わりの時に生かされているんだ、ということを覚えたいと思います。 

 世界を見渡すと ニュースを見ると、本当に、もう末の世だなと思えるようなことが起こっています。私たちは、その現実をただぼーっと見ているのではなく、祈らねばならないと思わされるのではないでしょうか。

 

 イエス様が、マタイの福音書24章で、世の終わり時にはこういう前兆があるというお話をされました。 それは①「偽キリストが、偽預言が多くの人を惑わす。」 自分がキリストだ、みたいに言うような人が出てくる。出てきてますね。そういう宗教というか団体というのがあります。 

②「戦争と戦争の噂」 もう私たちの日常のようになってしまいました。 ③「民族は民族に、国は国に敵対する」 ありますね。  ④「飢きん」が起こります ⑤「地震が起る」 日本でも最近よく起こっています。 ⑤「キリスト者への迫害」 これは私たちにとって恐ろしい内容です。 ⑦「不法がはびこる」 本当にこんな不正が世の中にあっていいのだろうかと思えるような、社会を疑いたくなってしまうような内容です。 そして⑧「愛が冷える」 人間関係というか、親子関係さえ、愛が冷えるという事です。  

 みなさん、私たちは、今まさにイエス様がおっしゃっていたことが起こっている時代だなと、思っていいのではないでしょうか。

こんな風に言うと 恐ろしくなるかもしれませんけれど、希望も語られました。 イエス様はこのマタイ24:13-14でこうおっしゃいました。

 

  しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。 この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

 

そしてこの御国の福音が広げられて、愛が冷えている中で、福音はすべての人に証するために全世界に述べ伝えられる、と語られるのです。暗闇が濃くなるほど光が輝くのです。 そして、それから最後が来る、という内容です!

 みなさん、こんな時代に生かされている私たちは、どうしたらいいのでしょうか。「ああ恐ろしい」恐怖でいっぱい、というのではなく、イエス様がおっしゃったように、今は終わりの時であるからこそ、目を覚まして祈る! 目を覚ましていなさい! 目を覚まして祈る必要があるのです!

 終わりの時の終わりの時代に生きる私たちが、目を覚まして祈ることを主は願っておられます。 1番目のメッセージは、「今は終わりの時である」ということ! これを覚えていきたいのです。

 

2番目 「終わりの時にも希望があります」 終わりの時にも希望があります! それは終わりの時には神様は「わたしの霊をすべての人に注ごう」と語っておられるからです。 

  ペンテコステに語られた「終わりの時-終わりの時代」は、まだ終わっていないんです。 ですから、すべての人の中に私たちも含まれているのです。  

 みなさんも、私たちも聖霊の力を頂いて生きることができるのです! 神様が聖霊で満たしたいと願っておられるのであるなら、私たちは聖霊様を求めてお祈りしたいと思います。 すごい内容であるのは 「すべての人に」と書かれていることです!

 これ、クリスチャンにとも、神様を信じている人だけにとも書いてないのです。 終わりの時に、すべての人に、です。 ですから、もちろん私たち、みーんな入っているのです! すべての人に、というのが約束なんです。 ですからみなさん、今日私たちの家族に、まだ救われてない人にも聖霊が注がれることを祈りしましょう。

 聖霊によらなければ イエスを主と告白できないのですから! 私たちの周りにいる人、地域の人、職場の人、その方々にも聖霊が注がれることを祈りたいと思います。 

 神様は、神の霊、聖霊をすべての人に注ごうとしてくださっているんだ、ということを知って頂きたいのです。

 

 最後に3番目 必ず私たちの人生には 終わりの時が来ます ということ。人生には終わりの時が来ます! ですから、備えましょう。 「主の名を呼ぶ者は、みな救われる」のです!  これが最良の備えです。 

 ペテロはイエス様の死と復活を語りました。イエス様が十字架で死なれたのはあなたがたの罪のためです、と語った時に3000人の人が救われ、教会が始まりました。

 3000人の人が救われて教会が始まったのです! ですから 使徒4章12節と2章21節を合わせてお伝えします。

 

 イエスキリスト以外に救いはありません。天下において私たちを救うお名前は、イエス様以外には与えられていません。 主の名を呼ぶ者は、みな救われる のです

 

これは教会が語らなければならないメッセージであり、私たちが誰かに伝えなければならない内容です。 ペンテコステはそれを思い起こさせてくださる日なのです。

「主の名を イエス様の名を呼ぶならば だれでも救われる」

 

 「どうしたら救われるんですか?」 と周りの人から聞かれた時、何と答えるでしょうか? 

「イエスキリスト以外に救いはありません」と答えるんです。  そう聖書に書いてありますから! 神がそう語っているのですから! 間違いないのです! とはっきりと語りたいのです。       

 

 この救いの恵みが、私たちの周りの人たちに届けられることを、聖霊がすべての人に注がれることを祈るペンテコステの時としたいと思います。

 
 

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